REIKA YOSHIMOTO
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麗花刺繍LIFE

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桐朋学園演劇科

入試面接の思い出 私17才

千田是也氏、田中千禾夫氏、安部公房氏ら
そうそうたる教授陣の居並ぶ前で


唯一の自慢の身体の柔軟性を強調するために
足を上げたり、屈伸運動をしたり、むちゃくちゃ身体を動かして
憑りつかれたように踊っていたら

千田先生から「君は大きいね」と言われたので

「はい168pあります」と答えると、

「じゃこの願書に書いてある君の愛読書の、牛女って何?」とお尋ねになり
私が答える間もなく、千禾夫先生がすかさず

「ほらあの小川未明の」とお答えくださったので

私が「そうなんです!大きな女の人のお話しなんです!」と答えると

突然、千田先生が大笑いされて
続いて千禾夫先生、安部先生や他の先生方も笑われて
それまでの厳しい先生方の表情がみるみる笑顔になっていくのが印象的で
私もなんだか嬉しくなって笑ってしまい・・・

今でもその時の光景は目に焼き付いています。


なにはともあれとにかく合格し
最高に刺激的な大学生活が始まったのでした。


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ところがはいってはみたものの難しい演劇理論はニガテで在学中から身体表現に興味があり、
イサドラ・ダンカンやマーサ・グラハム、ニジンスキー、特にマーサ・グラハムの、

「ドラマは 肉体の緊張contractionと 弛緩releaseから生まれる」というメソッドに傾倒していたので、
卒業後は、マーサ・グラハム舞踊団から帰国されたばかりの アキコカンダ氏に師事し、
一日の大半をレッスンに費やす日々を過ごしました。

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卒業公演のガルシア・ロルカ作「ベルナルダ・アルバの家」俳優座劇場


80歳の狂気の老婆
マリーア・ホセファ役を熱演したのでし
私19歳







 


アキコカンダ先生
 私21歳の頃


卒業はしたものの演劇にはあまり興味なく
在学中からイサドラ・ダンカンやニジンスキーに夢中だった私は
迷うことなくダンスの道に。

私の心をとらえたのは
数年前にNYのマーサグラハムカンパニーから帰国されたばかりの
モダンダンサーアキコカンダ先生。

先生はレッスンの合間にいろんなお話しをしてくださいました。

NYでのご体験、ダンサーの事、マーサの言葉・・・

そんな中でも今でも折にふれて思い出すエピソード。

レッスンの合間にお白湯を飲みながら
ふと話されました。

「忘れなさい、覚えなくていいの、忘れていいの
忘れても忘れても、心に残るの
コーヒーがフィルターをとおるみたく
一滴一滴心に沈殿していくの。

その一滴が
あなたの表現になるの。」



中高と受験校で、呪文の様に覚えろ、記憶しろと教えられた私にとって
忘れても良いのだというアキコ先生の言葉は
新鮮で哲学的でとてつもなくカッコよくてそして
何かホッとする響きを持っていました。

ダンスの指導中に放たれたその言葉は
今でも私の心に深く刻まれています。

アキコカンダ先生のもとには3年ほど通いました。
カンパニーのオーディションにも受かり

カンパニー在団中はカンダ氏が

1974年に芸術祭大賞を受賞された「コンシェルジュリ」や 
渋谷ジャンジャンでの 現代音楽を使った 実験的な作品などにも参加しました。


当時はひたすら自身の肉体的可能性に挑戦するのが楽しく、
ロック、ビートルズや邦楽、筝曲、古事記からイメージを得た創作舞踊を
振付たり、
寺山修司作品の「アダムとイブ」出演や、蜷川幸雄氏や佐藤信氏演出のレビューのショウダンサーとしても活動しながら、

憧れのアルビン・エイリーダンスカンパニー(NY)でのダンス修行のために渡米致しました。
しかしケガが続き膝の靭帯損傷などもあり
ダンスは断念しましたが、
今刺繍作品を創作していて、糸にエロティシズムや動き、物語りを感じたり、
制作中にわき上がる身体的衝動に 
この時期に教えて頂いた事、
学んだことの全てが起点になっているように感じます。



後日談ですが
40数年たった個展会場で
私の作品をご覧になられた方から
「これはニジンスキーですか」とたずねられたことがあります。

青春時代、敬愛していたニジンスキーは心の中に沈殿しているのですね。

アートは嘘がつけない、すべてが晒される。

 

 
千歳烏山ロフト
 伝説のロフト第一号店 18歳の頃

演劇科の授業はバラエティに飛んでいて
教授陣は一流で、バレエ、声楽、モダンダンスジャズダンス、パントマイム、
今から想えばなんて贅沢な授業だったのだろうかと思うのですが、
実技はまだしも、文学、戯曲、難しい演劇論は大のニガテ。

授業をサボっては学生街の喫茶店♪さながらの学校生活。
アイスコーヒー一杯で何時間も居座っておしゃべり。
日東紅茶、ゆたか様 ごめんなさい。そして
ありがとうございました!

ある日、隣駅の千歳烏山で不思議なお店を発見した。

外にまでポスターがぎっしりで、地下に続く階段はまるでアジトのよう。

それがあの伝説のロフト第一号店だっただなんて、

18歳の私は知る由もなく、

好奇心の誘惑に引っ張られるように

授業の合間にちょこちょこ通っていました。

東京芸大時代の坂本龍一さん、
キャロル、土方巽、コルトレーン、花柳幻舟、
ティン・パン・アレー・・・等のポスターに囲まれ
背伸びしてオーダーしたバーボンのロックに気絶寸前。

大人の階段登るどころか

野暮ったい女子大生だったと思う。

でもお店の人たちはとても親切でした。
マスターは、落ち込んでばかりの私を
いつも励ましてくれました。

そんな中でもダンスのレッスンだけはたとえ二日酔いであっても休まず通い、
イサドラ・ダンカン、ニジンスキー、マーサ・グラハムを知り、
関連書籍や映画に夢中になり
忙しいのかヒマなのか、むちゃくちゃなのかストイックなのか
ごった煮シチュウのような毎日。
ロフトの焼うどんも紅ショウガたっぷりのコテコテだったけれど
あちらこちらで議論の渦。
時代もコテコテ人間もギラギラ。

そんな熱にあおられているうちにアッという間に卒業公演。

 
学生時代、煮えそうだった頭を少しひやしてくれた詩です。

「ごびらつうの独白」 草野心平

幸福といふものはたわいなくっていいものだ。

おれはいま土のなかの靄のような幸福に包まれてゐる。

地上の夏の大歓喜の。

夜ひる眠らない馬力のはてに暗闇のなかの世界がくる。

みんな孤独で。

みんなの孤独が通じあふたしかな存在をほのぼの意識し。

うつらうつらの日をすごすことは幸福である。

この設計は神に通ずるわれわれの。

侏羅紀の先祖がやってくれた。

考へることをしないこと。

素直なこと。

夢をみること。

地上の動物のなかで最も永い歴史をわれわれがもってゐるといふことは平凡ではあるが偉大である。

とおれは思ふ。

悲劇とか痛憤とかそんな道程のことではない。

われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする。

ああ虹が。

おれの孤独に虹がみえる。

おれの単簡な脳の組織は。

言わば即ち天である。

美しい虹だ。

ばらあら ばらあ


※ちなみに、「ごびらつう」とは、蛙の名前です。













ありがとうございました
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