REIKA YOSHIMOTO
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MyEmbroidery Tanosyu-kai 
LIFE is ART 

 
岡本太郎現代芸術賞展会場に置かれましたポートフォリオ表紙
(デザイン:エ☆ミリー吉元)







2019年春

私は初めて「岡本太郎現代芸術賞」に

応募することを決意しました。


この賞の第一次審査は、テキストのみの提出となります。

制作意図、プロフィール、展示の概要などを

決められた用紙に書き込みます。

この段階で例年、500名前後の応募者の中から

20数名の入選者が決まり、

岡本太郎美術館で開催される岡本太郎現代芸術賞展での

作品展示が可能となり,最終審査を受けることができるのです。


作品への思いや情熱、なぜ、今、岡本太郎賞に応募するのかなど

すべてをテキストにする


自分を客観的に見つめることになります。

いままでも公募展に応募したことはありましたが

こんな経験は初めてでした。

岡本太郎氏と向き合う、この過程の中で

私の中の過去の記憶がどんどんと蘇り、

忘れていた、忘れようとしていた、忘れられない、

さまざまな記憶があふれてきました。

大切なことを教えて頂いた方々、先生方・・・

表現の奥義、哲学、

どれだけの宝のような教えを受けていたのだろう。

私はいったい何をしていたのだろう。




今、本当に心からの感謝をお伝えしたいのに

それは叶わないこととなってしまいました。


岡本太郎先生と向き合うというのは、自分の人生、過去、

命と向き合うという事

私が無意識に思う事、表現していること。

それらは、過去のどこかと繋がっているのだと。


LIFE is ART

この言葉が胸に広がりました。

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ご報告

2017年11月、私は突然倒れ

家族、救急隊員様、お医者様

全ての方々の的確な判断のおかげで

そして奇跡のような出来事が重なり

私の命は生きながらえる事が出来ました。


詳しい内容はMyEmbroideryの

体感刺繍に書かせていただきました。



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太陽呼神

この世の闇をを救ったのは、戦争や法律や

経典や戒律や

ましてや厳しい修行でもなく


世界最古の踊り子


時空に並ぶ 生ー性ー祭ー死ー愛

溶け合う陽と陰


太陽呼神は縦横5メートルに埋め尽くされた岡本太郎美術館での

TARO賞の展示 「糸・エロス・愛」から生れました。




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2021年 夏に思う



刺繍は糸を使った魂の言葉。

突然、戦時中の「千人針」の国防婦人会の映像が脳裏に浮かぶ。

こんな悲劇に、糸や針の、一針の心、魂が使われたことに、

激しい悲しみがこみ上げます。


糸はエロスだ!愛だ!光蜜の滴りだ!


吉元れい花は、今、糸と針を使って

ダイナマイトストリッパーを脱いで脱いで縫い倒します。


ストリップ

剥ぎとる

RELEASE


パンデミックであぶりだされた、

不条理、矛盾


今こそ

WHOLE WORLD TO BECOME

STRIPPERS!


古代より連綿と受け継がれてきた縫い、

母の手で、父の手で、友の手で、

愛する誰かのために

大切な何かのために

いつもそこにあった縫い、糸


人間の手の中で

人間の手の速さでしか進まない手刺繍の一針で

不条理、矛盾

悪いの悪いの飛んで行け―!


ダイナマイトストリッパーは叫ぶ


続け、闘え  いざこぎいでよ



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繍国神話 太陽呼神



世界を闇から救ったのは

難しい経典でも、厳しい戒律でも 正義の戦争でもなく

世界最古の踊り子。



私は古事記が好きですが、

その中でも特に「天岩戸」の物語りがお気に入りです。

弟のスサノオに怒り、天岩戸に隠れてしまった

太陽神、アマテラスオオミカミ、天照大神。

おかげで世界は真っ暗。

闇に包まれてしまいます。



困った神様たちが合議で決定したのが

この合議っていうのがいかにも日本的。

良いですね〜。


そうだ、あの可愛らしい踊りの名手、ウズメノミコトに踊ってもらおう。



ウズメちゃんは期待に応えるべく、必死に踊ります。

衣装ははだけ、すっぽんぽんになりながら

神々のやんややんやの喝采を浴びながら

踊る、踊る・・・



なんだか楽しそう、

岩戸に隠れてしまったアマテラス様にも

楽しそうな音が聞こえてきます。


何々・・・と

アマテラスが岩戸の隙間から覗こうとしたその時に

怪力の神様にこじあけられ、岩戸が開き

世界がパアーっと明るくなりましたとさ・・・っていう

私はこのお話が好きなのです。


世界を暗黒から救ったのが、踊り子、ストリッパー、

世界広しといえども、太陽神が女性というのもユニークですが

闇を救うのに、戦いでもなく、戒律や修行でもなく、

踊り、祭りというのが最高です。



ここには、生、性、祭、死、愛、が同じ時空に並んでいる。

陰と陽が溶け合っている。


このお話しは、軽く考えれば、軽く、

深く読み解けば解くほど

哲学のようなものもじんわりとニジンできます。



私自身が青春のある時期、ダンサー、踊り子だった事もあり、

余計に何倍も何倍も、共感してしまうのかもしれません。


古事記では踊り子はウズメちゃんひとりですが


繍国では、たくさんいますのよ。
 




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☆with wonderful Philippe Decoufle and Emily



アルベールビル冬季五輪の開会式を見た時の衝撃

お目にかかれて大感激でした。








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Embroidery is Explosion!

小野佐世男ーモガ・オン・パレード」展
(2012年岡本太郎美術館にて)

まさかこの10年後にTARO賞を受賞することになるとは・・・人生って不思議ですね。

刺繍は爆発だ!









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岡本太郎さん

これはあくまで私個人の考えですが

岡本太郎さんという人は

一生、親の破天荒に抗い続けた人だったのではないかと。

岡本太郎というキャラクターは

彼が創り上げた最高傑作なのではないかと。


実際の彼は、優しく穏やかで紳士的で

なによりも人の和、常識を大切にされる方なのではないか。



岡本一平、かの子という

特にかの子というとてつもなく破天荒な母親の元、

寂しく孤独な幼少年時代を送っていたように思う。


生涯結婚せず、子どもを持たず

家庭を持とうとしなかった強い気持ち。


岡本敏子さんの書籍から浮かび上がる太郎像

人間岡本太郎の

生きざまが作品であり

彼の最高傑作だと

私は思う。





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麗花刺繍始のこと

麗花刺繍と名付けたのは

私の名前が、れい花だからということもありますが、

それだけではありません。

私は、「花」にはすべての刺繍で表現する時の大切な基本が

すべて含まれていると思うのです。

花びらの膨らみ、反り返った婉曲、花芯の粒、厚みと薄さ、

重厚と儚さ、蔓や葉脈の線と花の面、

光沢と彩色

バレエの基本のプリエ、ピアノの基本のバイエルなど

それらと同じような基本を、私は「花」に寄せています。



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図案とステッチの個性

数年前、日本の超絶技巧展に伺った際、

刺繍作品に関しては、作品を取り扱っている問屋と下絵画家のお名前だけで

刺繍家は、無銘、とされていたのにショックを受けました。


私が日々感じますのは

同じ図案でも縫い手によって全く違う表現になるということです。

楽繍会ではそれがとてもよく分かります。


同じ譜面でも演奏者によって違う音楽になるように、

振付師とダンサー、戯曲と俳優・・・然りです。


すぐれた刺繍家が職人としてしか評価されない時代は終わりました。



たしかに美しい刺繍は素敵です。

でも糸は、絵の具や粘土に勝るとも劣らない力を持っています。

綺麗に縫うだけではない

心の翼を思いっきり広げた糸の世界、

心の深淵を見つめた刺繍。



刺繍は糸を使った魂の言葉。







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大切な想い出


桐朋学園演劇科 入試面接 私17才


千田是也氏、田中千禾夫氏、安部公房氏ら

そうそうたる教授陣の居並ぶ前で

唯一の自慢の身体の柔軟性を強調するために

足を上げたり、屈伸運動をしたり、むちゃくちゃ身体を動かして

憑りつかれたように踊っていたら


千田先生から

「君は大きいね」と言われたので

「はい170pあります」と答えると、


「じゃこの願書に書いてある君の愛読書の、

牛女って何?」とお尋ねになるやいなや

私が答える間もなく、

田中千禾夫先生がすかさず

「ほらあの小川未明の」とお答えくださったので


私が「そうなんです!そうなんです!大きな女の人のお話しなんです!」と答えると


突然、千田先生が大笑いされて

あの大きな体をゆすられて

そしたら続いて千禾夫先生、安部先生も笑われて

先生方みんな大笑い



それまでの厳しい先生方の表情がみるみる笑顔になっていくのが印象的で

きょとんとしながらも私もなんだかつられて笑ってしまい・・・


ただただ笑われて部屋を出てきました。

現実にもどり緊張が解けた瞬間、

もう落ちた、不合格だとしょんぼりしたのを覚えています。



なにはともあれとにかく合格し


最高に刺激的な大学生活が始まったのでした。





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千歳烏山ロフト 伝説のロフト第一号店




演劇科の授業はバラエティに飛んでいて

教授陣は一流で、バレエ、声楽、モダンダンスジャズダンス、パントマイム、


今から想えばなんて贅沢な授業だったのだろうかと思うのですが、

実技はまだしも、文学、戯曲、難しい演劇論は大のニガテ。


授業をサボっては学生街の喫茶店♪さながらの学校生活。

アイスコーヒー一杯で何時間も居座っておしゃべり。


ある日、隣駅の千歳烏山で不思議なお店を発見した。

外にまでポスターがぎっしりで、地下に続く階段はまるでアジトのよう。


それがあの伝説のロフト第一号店だっただなんて、

18歳の私は知る由もなく、

好奇心の誘惑に引っ張られるように

授業の合間にちょこちょこ通っていました




東京芸大時代の坂本龍一さん、

キャロル、土方巽、コルトレーン、花柳幻舟、

ティン・パン・アレー・・・等のポスターに囲まれ

背伸びしてオーダーしたバーボンのロックに気絶寸前。


大人の階段登るどころか

野暮ったい女子大生だったと思う。

でもお店の人たちはとても親切でした。

マスターは、落ち込んでばかりの私を

いつも励ましてくれました。



そんな中でもダンスのレッスンだけはたとえ二日酔いであっても休まず通い、

イサドラ・ダンカン、ニジンスキー、マーサ・グラハムを知り、

関連書籍や映画に夢中になり

忙しいのかヒマなのか、むちゃくちゃなのかストイックなのか

ごった煮シチュウのような毎日。

ロフトの焼うどんも紅ショウガたっぷりのコテコテだったけれど

あちらこちらで議論の渦。

時代もコテコテ人間もギラギラ。



そんな熱にあおられているうちにアッという間に卒業公演。


卒業公演のガルシア・ロルカ作「ベルナルダ・アルバの家」俳優座劇場

80歳の狂気の老婆

マリーア・ホセファ役を熱演したのでした私19歳



マリーアが「男が欲しいよー」と叫びながら歌う

子羊ちゃんの歌、今でも歌えるぞー

19歳の記憶力おそるべし。









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アキコカンダ先生 私21歳の頃


卒業はしたものの演劇にはあまり興味なく

在学中からイサドラ・ダンカンやニジンスキーに夢中だった私は

迷うことなくダンスの道に。


私の心をとらえたのは
数年前にNYのマーサグラハムカンパニーから帰国されたばかりの

モダンダンサーアキコカンダ先生。

東京中のダンスレッスン教室を見学していく中で、

アキコカンダモダンダンス教室は

レッスンのメソッド、フロアーレッスンのワンツースリーが

すでにドラマ、

ダンサーの動きから生まれるドラマに引き付けられました。




先生はレッスンの合間にいろんなお話しをしてくださいました。

NYでのご体験、ダンサーの事、マーサの言葉・・・

そんな中でも特に印象に残っている、今でも折にふれて思い出すエピソード。


レッスンの合間に珈琲を飲みながら

ふと話されました。


「忘れなさい、覚えなくていいの、忘れていいの

忘れても忘れても、心に残るの

コーヒーがフィルターをとおるみたく

一滴一滴心に沈殿していくの。


その一滴が

あなたの表現になるの。」



中高と受験校で、呪文の様に覚えろ、記憶しろと教えられた私にとって

忘れても良いのだというアキコ先生の言葉は

新鮮で哲学的でとてつもなくカッコよくてそして

何かホッとする響きを持っていました。


ダンスの指導中に放たれたその言葉は

今でも私の心に深く刻まれています。


カンパニーのオーディションにも受かり


在団中はカンダ先生が
1974年に芸術祭大賞を受賞された
「コンシェルジュリ」や 

渋谷ジャンジャンでの 現代音楽を使った 実験的な作品などにも参加しました。


当時はひたすら自身の肉体的可能性に挑戦するのが楽しく、

ロック、ビートルズや邦楽、筝曲、古事記からイメージを得た創作舞踊を振付たり、

流山児祥氏演出、寺山修司作品の「アダムとイブ」出演や、

蜷川幸雄氏や佐藤信氏、竹邑類氏、池田満寿夫氏演出の

レビューのショウダンサーとしても活動しながら、

憧れのアルビン・エイリーダンスカンパニー(NY)での

ダンス修行のために渡米致しました。



しかしケガが続き膝の靭帯損傷などもありダンスは断念しましたが、

今刺繍作品を創作していて、糸にエロティシズムや動き、物語りを感じたり、

制作中にわき上がる身体的衝動に  この時期に教えて頂いた事、

学んだことの全てが起点になっているように感じます。



残念ながら先生は2011年にお亡くなりになられましたが

刺繍を始めて数十年たったころ、思い切ってお手紙を差し上げましたら

あたたかいお返事を下さり

お亡くなりになられる直前まで文通が続きました。

そのお手紙は私の大切な大切な宝物です。



後日談ですが

40数年たった個展会場で

私の作品をご覧になられた方から

「あなたはダンサーだったの」とたずねられたことがあります。


アートは嘘がつけない、すべてが心に沈殿し晒されるのだと実感いたしました。



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刺繍糸の見本帳と一緒に。

刺繍糸にもお国柄があって見ているだけでも楽しい!







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☆the Princess Hisako



高円宮久子さまの、鳥の写真展ーはばたき「A TIRE D'AILE」の

オープニングに先立つ内覧会のご招待にあずかるという、

大変光栄な機会に恵まれました。

妃殿下のお人柄の素晴らしさ

愛に溢れた写真集とともに大切な思い出です






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バロンさん


私たちは本当に良く話す。

食事のあと、2〜3時間はあたりまえ

結婚以来、毎日毎日だ

新婚時代はほとんど朝までおしゃべりしていた。

雀の鳴き声や部屋に差し込む朝日が懐かしい。

話していて本当に楽しい。

今も楽しい

ワクワクする。

バロンさんは体中に楽しい事

愛、優しさ、夢

そして真剣な遊びに溢れている。


言ったことないけど

私は天才だと思ってる。

こういう人の事を

そう呼ぶのだと思ってる。



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☆松田優作さんの忘れられない想い出



結婚前の数十年前、主人に連れられて、

四谷にあった「ホワイト」っていうお店に行きました。


階段をトントンと降りてゆくと

カウンターに座る優作さんの姿が!

ツールからのびる長い脚 

少し背中をまるめて、水割り片手に・・・


カウンター横のテーブル席についた

私たちに気づいた優作さんは、

「あ、先生、帰ってらしたんですか?!」とかけより、

私の方はちらりと見ただけで、

そのあと、ずっと、ずっと、、ずっと〜〜〜

主人の手を握っていらっしゃいました。

「先生のそばに引っ越したんです」っておっしゃられて。



この人たち!なんなのー!?心の中で叫ぶ私。


当惑する私なんぞには見向きもなさらず、

ずっと主人を見つめている優作さんの透き通るような白い肌

長い指、綺麗な手

不思議な時間でした。


「僕もアメリカに行くんです。」



映像で見る優作さんとは違う、

透明で繊細で、

そしてとても静かな優作さんの姿が

そこにはありました。


美しい人でした。




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星の花


2007年、9月、母が亡くなりました。

寂しさの中、ある日、宙のどこかに、全ての命の還る

大きな大きな花のイメージが降りてきました。


母はいなくなったけれど、きっときっと、大きな大きな花になって

漆黒の宙の中でキラキラと輝く美しい花になって浮かんでいる。

そしてその花からは、たくさんの星の種が生まれていく。


そんなことを考えていたら、なんだか楽しくなってきて

心の中がふわふわと愉快な気持ちで充たされ

一気に縫い上げたのが、「幻命花」です。


星の種は宙を彷徨い、メタモルフォーゼを繰り返しながら

星命の花になって行きます。

歌ったり踊ったり、時には星のワインを飲みすぎて

酔っぱらったりしながら宙いっぱいに浮かんでる星の花たち。

夜空を見上げたら、そんな星命の花たちが

きらきらと輝いている。


星命の花を刺繍する時

糸はいっそう煌めき

私の心は幸せでいっぱいになります。


おかあさん ありがとう






「幻命花」はその年の12月に開催された第32回日本手工芸美術協会展で
芸術新聞社賞を受賞致しました。




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おかあちゃんの言葉

(備忘録として)



母はたくさんの言葉を私に遺してくれました。

初めて子供を授かった時、


大事なことは毎日毎日の事。

ご飯作る事。

食べる。おしっこする。うんち。

お掃除する。

汚す。


毎日毎日作っては消えていく。


大切なことは、すべて消えていく。


でも心の貯金。

いつか大きな財産になるから。

子どもは大事にしなさいよ。


命がけで育てなさい。




私は母のこの、命がけという言葉にびっくりしました。






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☆岡林裕二選手とアブドーラ小林選手 (大日本プロレス)
超ーマッチョなのに、とても優しくて素敵なお二人でした。

キャラクターアートの会でご一緒させて頂いている
イラストレーターのメソポ田宮文明先生がご紹介臭さいました。







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There is No Art Like Embroidery Art

トップページのこの言葉はミュージカル映画
「ショウほど素敵な商売hない(There's No Business Like show Business)から
引用させていただきました。

「刺繍ほど素敵なアートはない」
願いでもあるし、そんな作品を日々制作していけたらと願っています。







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ダンサー



青春の真っただ中の頃、私はダンスに夢中でした。


20世紀初頭のモダンダンスの祖と言われている

革命的ダンサーイサドラ・ダンカンに心酔し、

部屋中のものを捨てて、

文庫本から切り抜いた、彼女の写真一枚だけを壁に飾り、

祈りを捧げて踊っていたこと。

表現の神髄は肉体だ

命のあるべき姿、芸術だと信じていました。

「ダンサーは最も神に近い芸術家だ」

ニーチェのこの言葉が響きます。


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ありがとうございました
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